実験生物学から科学思想とジェンダー論へとその研究を進めたダナ・ハラウェイは1985年、『サイボーグ・フェミニズム』と題した画期的な論文を発表。「生殖を通じて血縁家族の再生産に寄与するのが自然なことである」とする従来の家父長制的な神話に縛りつけられてきた女性たちの存在を解放するため「人間は自然な存在である」という前提そのものに反旗を翻し、高度に技術化された社会においては我々のすべてが機械や化学といったなんらかの非自然的環境の習合の結果として生きているキメラであり「サイボーグ」であると位置づけ、それ以降のフェミニズムに道を開いた。
一方でハラウェイは一貫して動物(特に犬)と人との共生や堆肥といったテーマにも興味をもち、「人間的領域」と「それ以外」を峻別する境界を曖昧にするような思考をもって従来の権力構造を問い直すような思考を活発に発信している。文中に引用したのは犬と人の関わり合いに新たな地平を模索する『When Species Meet』(University of Minnesota Press, 2007)の一節。(※引用部は原書より筆者訳。邦訳版として『犬と人が出会うとき 異種協働のポリティクス』(高橋さきの訳、青土社、2013年)も発売されているが、現在絶版にて入手できていない)。同書でハラウェイは<世界に存在するものを殺されてもよい者とそうでない者とに分けるのは間違いであり、自分が殺戮の外で生きているというふりをするのも間違いである>と指摘している。