変容の運河へ、「帰れなさ」とともに
〜七尾旅人『Long Voyage』と、その航路によせて
安東嵩史

〈VI〉

 遠大な歴史から目の前のパーソナルなひと匙までを一連のものとして<アルケミストのように>つなぎ直してみせる「ソウルフードを君と」は二十五年以上のキャリアの中で七尾旅人が試みてきた詞作の技の到達点ともいえるものだが、この見事な跳躍の飛距離について投げかけると、興味深い話を聞かせてくれた。
 七尾は少年の頃、幼い妹と弟に、夜な夜な寝物語を語って聞かせていたという。川の字になって、下の弟妹を楽しませるために昔話や遠い世界の突拍子もない冒険譚、ときには近所のおばさんのような知人を主人公にした創作おとぎ話を面白おかしく語るうち、弟妹はひとしきり笑い疲れて寝てしまう。空想の話であるから、空を飛んでも海に潜ってもいい。だが、即興で風呂敷を広げるだけ広げても、それは必ず目の前にいる誰かに手渡すサイズにするための語りである。その構造はそのまま七尾の詞作に適用されるし、弾き語りのライブの場で客席の子供に話しかけるといった行動にも通じる(実際、弟が初めてライブを見に来た際に「兄貴がやってることは子供の頃とまったく変わってないな」と言われたという)。《僕の歌はどれも、宙に向けて投げかける自分語りのようなものではないんです。メッセージを訴えるということでもない。ただ目の前にいる誰か、あるいは遠くにいる誰かに対して、どうしても伝達したいことがあって歌を作っているというパターンが多いように思います。どの曲もほとんど必ず、ある聴き手が想定されている》と明確に語られるその姿勢は、そうした少年期に培われたものであることがわかる。
 さらに言うと、このような寝物語は、もとを辿れば七尾が父親から聞かされていたものでもあった。その語り口は明確な起承転結を作らず、同じ単語を何度もリピートして話を引き伸ばしているうちに旅人少年は寝てしまうという、自分のそれとは対照的なものだったというが、何にせよ、彼が深い安心感を覚えながら眠りについたであろうことは想像に難くない。その、最もミニマムな安全圏の記憶から流れ続ける水脈が、長い旅を経てこの『Long Voyage』に流れ込んでいるのだ。

 それがよくわかるフレーズが「未来のこと」や「リトルガール、ロンリー」にある。「未来のこと」ではタイトル通りそばにいる誰かとおぼろげな未来を語りながらも<どんな悲しみ越えてきたの/わかりきれない無言の時>と自分の知らぬ時間が過去に流れていたことを示し、あてどなく夜空の下を彷徨する家出少女を歌う「リトルガール、ロンリー」には<遠い遠い帰り道/忘れないと決めた始まり>と、行く場所のないこの少女にも確実に過去の時間があり、もといた場所があり、そこに彼女を個別の人たらしめる何かがあったはずだと示唆する。ここでは「未来」は威勢のいいクリシェではなく、「家出少女」も都合のいい記号ではない。ともに、過去から現在を貫く固有の時間の流れの中にある固有の生のことである。もう二度と帰れはしなくともその時間は存在しなかったわけではない、その意識が現在をつくっているのだという生の哲学が明確に示されている。
 七尾は、詞作の時点ではそれを意識したわけではなかったと言う。特に「リトルガール、ロンリー」において、このフレーズは<戻らないと決めた暗がり>という一番の歌詞に対応しつつ、<Little girl, lonely lonely /月の端に腰掛けて休み/大人たちの夢物語/鼻で笑うきみ>までつながる末尾を「i」で終える韻律を作ることは意識していたというが、最初からこの表現を意図していたわけではない、と。それでも、現にこのフレーズは歌詞に刻まれている。過去の記憶から流れ続ける物語があることを誰よりも知っているからこそ、それは深層流が不意に水面に浮上するように、無意識のうちに歌詞に表れている。効率を知性であると履き違えた近代的な時間感覚に追い立てられ、常に何らかの属性を付与されながら細切れの記号の生を生きているかのような私たちは、しかし本当はもっと長い内的な時間の中にいるのだと、この短いフレーズは歌いかける。アンリ・ベルクソン(*10)ではないが、自らが内的に持続している存在であると意識できている程度には安心した状態にあり、その上で不確定性とともに揺らぎ続けることにこそ生の自由があるのではないか。「今」のヒエラルキーや境界線や経済構造を画定し、それにもとづいて人間の精神性までもクラスタ管理しようとする<大人たちの夢物語>とともに進んできてしまった近代の果てで、七尾旅人の歌はこうして誰かの固有の生を描くことによって聴くものに自分自身もまた固有の存在であったことを思い出させるよすがとなり、ひいてはその物語に回収されない生の姿があることを示してもいる。

 他者を歌う七尾の歌はほとんどの場合、先ほどから述べてきた「ミニマムな安全圏」「守られるべき最低限のもの」からさえ疎外された人々へと向かって書かれたものだ。

《ポップミュージックが表現しようとしてこなかった人たち、音楽が届かない誰かのことを歌にしたかったんです。文化の埒外に置かれた人こそ、歌や映画や小説のなかの登場人物になるべきなんじゃないかと、歌を作り始めた頃にそう思って。誰からも顧みられない存在に光が当たる回路を開きたいと思って、非力なりにやってきました》

 こう、七尾は明確に語る。彼自身、成長とともに寝物語の安全圏を出て出会った外界ではうまくコミュニケーションが取れずに不登校になり、十代での上京から30歳を過ぎるまで帰郷することなくデラシネのような心持ちの中で時間を過ごしてきてもいる、その個としての悲しみをベースに、幾多の人々の「帰れなさ」と共振しながら歌を作ってきた。そのキャリアの最初期から、先鋭的なサウンドメイキングとは対照的に、ポップミュージックにおける最もベタなフォーマットとも言える「僕」と「君」を歌い続けてきた歌い手でもあるが、そのこともまた、彼の「帰れなさ」の表れである。

《自分自身、ずっと家探し、家族探しをしてきた気がする。だから、家やコミュニティから放逐されてしまった誰かに対して歌を届けることに執着したのかもしれない》

 この言葉に、七尾旅人が「他者」を歌うことの倫理の根源がある。この社会が周縁化し忘却してきたものたちに座る席を、帰る家を、名前の呼ばれる場所を用意することが、自分自身の切実な寂しさと直結している。その“共悲”(*11)ゆえに、七尾の歌はいかに世の不条理や不公正を描こうと、決して怒りの歌にはならない。歌は自身の怒りをぶつける場所ではなく、その言葉の中に、抑揚や旋律の中に、常に誰かの居場所を空けておくために作られている。近年またライブで盛んに歌うようになった、音源としては未発表である「途方もないこと」(*12)という名曲のタイトルが示すように、季節の移ろいや日々の些細な喜びを感じること、隣にいる誰かとの交情といったささやかな願いでさえ遠い祈りになってしまう時代を生きる誰かのために。

「フェスティバルの夜、君だけいない」はまさにそのような七尾の倫理の表れであると言える。たった一人の不在など意に介さず祝祭と狂騒を続ける世界で姿の見えないその人を懸命に探し続ける心情を歌ったこの楽曲においては、歴史や社会構造の歪みの中で「いなかったこと」にされ忘却されてきた無数の固有の生の存在が無条件に肯定される一方で、「なぜいないのか」の答えは最後まで提示されない。なぜなら、わからないからだ。<(もしかして)変装しすぎたのかい?(それとも)最初から来てなかったの?>と問うても、その本心はわからない。

 他者のことを「わかる」と思うのは、極言すれば分類し、値踏みし、選別することの入り口である。「わかりたい」という知的欲望は人類を繁栄させもしたが、それはやがて自然や他者を征服し支配する方面への膨張を駆動した。近代的社会構造はその内的な論理によって設けられた所定の条件を満たすものだけを生かし、そぐわないものを排除することによって強固になる。その中で動機づけられた近代的人格は、例えば「自分や自分の乗る船にとって有用であるか」を基準に他者を測るようになり、それを理由づけるための理論、すなわち「わかる」を探し始める。その果ての果てが優生思想(*13)であり、ホロコーストであり、津久井やまゆり園(*14)の事件である。
すべての他者に固有のリアリティと<わかりきれない無言の時>があることへの想像力さえ忘れて踊るものたちの世界で、安易に「わかる」ことの暴力性を慎重に回避しながら、それでもその姿を探し続け、その生の気配を自分なりに言葉にしようとすること。他者を語ることの倫理は、その中にしかない。